ここに在ったことだけが、確かに残る

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ここに在ったことだけが、確かに残る

#名を残さず、在る

R-villa03での滞在が終わりに近づくころ、何を持ち帰るのかを考えていない自分に気づく。
写真を整理するわけでもなく出来事を順番に思い出すわけでもない。
それでも、不足している感じはどこにもなかった。


朝、目を覚ましたときいつのまにか呼吸が深くなっていることに気づく。
午後、何もしない時間に理由を探さなくなっている。
外の音にも、必要以上に心が揺れない。

何かを変えようとしたわけではない。
ただ、感覚が静かな位置に戻っている。
気づけば身体はゆるみ、呼吸は自然に深まり、過敏だった輪郭がやわらいでいる。
その穏やかさに身をゆだねながら、光に満ちた雪窓公園をゆっくり歩く。
気の向くままにページをめくり、立ち止まり、また歩く…
整えようとしなくても整っていく時間。
深めようとしなくても、自然と深まっていく感覚。
ここでは何かになる必要も、何かを手放す努力もいらない。
静けさは探すものではなく還るものだから…


日常を少しだけ横に置いて歩こう。
何かを終えた人も、まだ途中にいる人も、ただそのままで…
急ぐことも、立ち止まることも、すべては同じ空気の中にある。

公園をあとにして、少しだけ車を走らせた先にある Pâtisserie TAK. (パティスリータク)。
窓の向こうには、この土地ならではの雄大な景色がひらけている。
広がる空とゆるやかな稜線。
季節ごとに表情を変えるその奥行きは、何度でも足を運びたくなる。

言葉少なにやわらかく整えられた所作で運ばれてくる一皿。
繊細で上品な甘さのスイーツ。
ひとくちごとに、心がほどけて満ちていく。

この町には役割をそっと遠くに置き、ただ季節の中に身を置くという静かな時間が昔から流れている。
整えようとしなくても呼吸は自然に深まり、満たそうとしなくても心はゆるやかに満ちていく。

帰るころ、胸の奥に残っているのは、
何かを得た実感ではなく「ここに在ったという、静かな確かさ」